■千種ゆり子氏に聞く 脱炭素に取り組むための 「情報収集とコミュニケーションのあり方」

売れ行き好調の『キーワードでわかる! 脱炭素と電力・エネルギー[特別編集版]』の巻頭インタビューを一部公開!


Chapter1 巻頭特別インタビュー

脱炭素キャスター・千種ゆり子氏に聞く 

脱炭素に取り組むための「情報収集とコミュニケーションのあり方」

聞き手:江田 健二

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千種 ゆり子(ちくさ ゆりこ)

気象予報士、脱炭素キャスター。埼玉県富士見市出身。一橋大学法学部を卒業後、一般企業に就職。幼少期に阪神・淡路大震災で被災したこと、東日本大震災をきっかけに防災の道に進むことを決意。2013年に気象予報士資格取得。お天気キャスターとしてNHK青森放送局の番組出演を経て、テレビ朝日『スーパーJチャンネル(土日)』や、TBS『THE TIME, 』に出演。小学校の授業で読んだ漫画をきっかけに、20年以上地球温暖化に関心を寄せ続け、気候変動、異常気象に関する講演も行う。2021年より東京大学大学院に進学し、「地球温暖化と世論」について研究している。

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気象予報士、脱炭素キャスターとして活動しながら、東京大学大学院総合文化研究科で「地球温暖化と世論」をテーマに研究されている千種ゆり子氏。今回のインタビューでは千種氏に、「情報リテラシー」「情報の偏り」「コミュニケーション」などの観点で、脱炭素に関わる情報収集法やコミュニケーションに対する考え方、脱炭素と「食」、そして脱炭素の未来展望などについてお話をおうかがいした。


■未来の気象キャスターとして伝える「2100年の天気予報」!?

江田:千種さんは2023年から独立されて、現在は「脱炭素キャスター」としてご活躍されていますが、普段はどのような活動をされていますか?

千種:最近では、脱炭素を推進したい企業や団体、自治体での講演が主な活動です。私は、これまでマスメディアで情報発信をしてきた経験から、一般の方向けにわかりやすく、かみ砕いてお話しすることが得意なので、話す相手のみなさんも、脱炭素ビジネスをバリバリやっている方というよりは、会社の一般社員の方が多いです。「会社として脱炭素の機運を盛り上げていきたいけれども、どのように社員に伝えていこうか」というときに、私に講演依頼をいただくケースが多いのかなと思います。

江田:具体的には、どんなお話をされるんですか?

千種:私のバックグラウンドが気象なので、講演の前半は、地球温暖化の現状と、それによる大雨や気温上昇の影響などについてお話ししています。講演のなかでは、未来の気象キャスターに扮して、国連のIPCC(気候変動に関する政府間パネル)で発表されたシナリオを参考に、カーボンニュートラル(温室効果ガスの排出を全体としてゼロにすること)を達成しなかった場合に現実となりうる「2100年の天気予報」というものをやらせてもらっています。「本日の最高気温は、東京で43℃です!」と言うと、みなさん「えっ!?」みたいな感じになるんですよね(笑)。

江田:そうですよね(笑)。

千種:でも43℃って、IPCCのシナリオのうち最も気温上昇が高くなるシナリオ(RCP8.5シナリオ)なんです。なので、「カーボンニュートラルを実現すれば、東京も40℃くらいに抑えられますよ。こういう未来にしないためには、こういうことが求められています」といったお話をしています。

講演の後半は、企業の要望にもよりますが、最近では「脱炭素について話してください」「SDGsとの関係について話してください」という場合も多いので、その場合は現状の話を中心にさせていただいています。

あとは、江田さんの書籍『2025年「脱炭素」のリアルチャンス すべての業界を襲う大変化に乗り遅れるな! (PHPビジネス新書)』に挙げられていた「脱炭素化について議論するうえで必要な4つの視点」がとてもいいなと思いまして(笑)。

江田:ありがとうございます(笑)。「住人の視点」「ビジネスの視点」「日本国としての視点」「地球市民の視点」の、どこに重きを置いて脱炭素について語るかを意識することが大切だ、と書いた部分ですね。

千種:はい。「この4つの視点を意識してニュースなどを見るといいですよ」という話も入れていますね。セミナーでは、主に企業の立場で「ビジネスの視点で見ると、こういう流れが来ているんだよ」という話をすることが多いですね。あとは、自分の業界の最新技術や事例について率先して調べる人は少ないので、私が参加者に代わって業界のことを調べて、講演内に盛り込んでいます。

江田:なるほど、素晴らしいですね。ちなみに、一般市民向けのセミナーにも登壇されたりするんですか?

千種:そうですね。最近、「脱炭素キャスター」の肩書きを発信し始めたら、そうした機会も増えてきました。昨年までは、防災と、異常気象・地球温暖化に関する講演依頼が多かったのですが、気象キャスター出身で脱炭素について話せる人はあまりいないということで、お声がけいただいています。

一般の方には、『気候変動アクションガイド』という資料を引用して、「個人の行動でこれだけCO₂を削減できて、脱炭素を推進する企業の後押しもできますよ」とお伝えしています。


■「情報の偏り」を避けるため、情報収集は論調の異なる複数のニュースソースから

江田:千種さんは日ごろから脱炭素に関してどのように学びを深めていますか?

千種:一人で主体的に情報を仕入れるのは大変なので、そういう情報に関心の高い友人などとFacebookグループをつくって、お互いに気になったニュースをシェアできるようにしています。

最近私は、脱炭素に対する消費者の意識変革のポイントとして、消費者に最も身近な「食」分野からの脱炭素に注目しているので、「脱炭素×食べ物」に興味のある人たちとともに『Climatarian.jp』(https://climatarian.jp/)というウェブサイトの運営に携わっています。

このサイトは、会社員をしながらプロボノ的に情報発信をしている人たちと一緒に運営しています。知らない人にシェアされるより、友達にシェアされるほうが真剣に情報を見るので、おすすめですよ。

江田:それで少しでも知識が増えると、あとが楽だったりしますもんね。

千種:そうですね。最初は「友達から聞いて」というのが一番苦なく情報を仕入れられると思うんですけど、それだけだと情報が偏りすぎてしまうときもあるので、それが板についてきたら、自分でニュースを探す必要があるかなと思います。

私はいま、東京大学大学院の総合文化研究科で、「情報リテラシー」や「情報の偏り」を研究テーマの一つとしているんですが、この分野は海外が一番先進的なんですね。そのため、最新のニュースを取りにいくなら英語に強くなったほうがいいなと思って、英語を猛勉強して、英語ニュースを読むようにしています。一方で、英語ニュースだけでは情報や論調に偏りがあるので、日本の大手新聞、業界新聞、サステナブル系ネットメディアなど、論調の異なりそうな複数のニュースソースから情報を得ています。そのほうが、日本全体として見たときの脱炭素ビジネスに対するバランスが取りやすくて、現在地が見定めやすくなるかなと思っています。

江田:おっしゃる通り、多面的に見ないと結構偏った論調の本があったり、あまり関係ない内容を絡めてくる人がいたりしますもんね。そういう意味では、いろんな方向から情報を集めていくことが大切ですね。

千種:そうですね。脱炭素に関して初心者の方は、まずは興味のある人同士のネットワークを構築することから始めてみるといいと思います。自分の知り合いで脱炭素に興味のある人を集めて勉強会をするとか、情報交換のグループをつくるみたいなことですね。それに慣れてきた方は、外国やネットメディアを含めた複数のメディアをチェックしてみてほしいです。

でも、なかにはポジショントークもあるので、その発信者がどのような立場やバックボーンを持って発信しているのかを知ることが大切だと思います。日本の通信社や新聞社は、アメリカのメディアほどは偏っていないと思いますが、ネットメディアや個人の情報発信者は、私も含めてどうしても偏りが出てしまいます。

いまは、インターネット上で誰でも情報発信できるようになっているので、どうしても色のついていない事実情報が見つけにくくなっています。もちろん、人間はみんな考え方が異なるので、論調が偏ることは当たり前ですが、「この人はこういう経歴を持っているから、こういう立ち位置の発言をしやすいな」ということが必ずあるので、そこまで理解したうえで情報を入手することが重要だと考えています。

逆の考え方をすれば、昔に比べてネット上にいろんな立場の情報があるわけなので、意識していろんな立場の情報を見ていけば、考えの幅が広がりやすいかもしれないですね。

江田:脱炭素に関する情報収集をするうえで、おすすめのニュースメディアはありますか?

千種:ビジネスっぽくはないですが、ある程度お金に余裕があって、丁寧に暮らしたい、地球のためにいいことをしたいという方々がよく見ているウェブサイトは、『IDEAS FOR GOOD』(https://ideasforgood.jp/)や『alterna』(https://www.alterna.co.jp/)だと思います。

雑誌ではファッション誌の『FRaU』が、国連のキャンペーン「SDGsメディア・コンパクト」に合わせて、気候変動に関するコンテンツのみで構築されたムック本『FRaU SDGs MOOK 話そう、気候危機のこと。』を発刊していました。表紙には、気象予報士の資格を持ち、最近ではフジテレビの報道番組で「マンスリースペシャルキャスター」としても出演するSnow Manの阿部亮平さんが起用され、多くのアイドルファンの方々にもメッセージが届いていました。

あとは、私は「食」に興味があるので、『日本農業新聞』の記事もたまに読んでいます。


■「誰かを排除する脱炭素」にはしたくない!

江田:消費者の方とコミュニケーションを取ることも多いと思いますし、千種さん自身も消費者なので、一般の生活者の視点から、脱炭素について感じていることを教えてください。

千種:「食」という観点から脱炭素について話すと、牛が出すメタンガスに強力な温室効果があることに触れざるを得ず、そうすると「じゃあ牛を食べちゃいけないんですか?」というような極端な反応になってしまうことが多いんですね。脱炭素は宗教ではないし、絶対にしないといけないものではないのですが、やっぱり「こうしろ!」と言われている気持ちになってしまうんですよね。そういう反応になるのは仕方がないことですが、そういう人にはいくつものオプションを示して、前向きに考えてもらうことが必要かなと思っています。

例えば、脱炭素では「節電しなさい」とよく言われますけど、「寒いのが苦手だから節電はしたくないけど、牛は食べないようにしよう」とか、逆に「私は牛は絶対に食べたいけど、車は電気自動車にしてみよう」とか、選択肢はいくつもあると思うんです。実際に先ほどお話しした『Climatarian.jp』というウェブサイトでは、「クライマタリアン・アクション」のマークを作り、10種類の方法を提案しています。

みんなが「人間の影響で温暖化している。そして、すでにその影響が出ていて、このままだと影響がさらに拡大する」という科学的な知見を知った後の選択はその人次第です。究極的には「何もしない」という選択もあって、それはその人の選択だから仕方ないと思うんですけど、めげずにポジティブに「別の選択肢もあるよ」と発信し続けるしかないと思います。「お肉を食べたい」と思っている人がいてもいい。誰かを排除する脱炭素にはしたくなくて、やっぱりみんなを巻き込んでいきたいと思っています。

江田:確かに、「環境にいいことはしたいけど、やっぱりお肉も食べたい」という人が脱炭素を毛嫌いしてしまうのはもったいないですよね。その人その人に合った活動を選択していけたらいいですよね。

千種:まさに、そうなるといいなと思って、活動をしています。一方で、世論調査では「気候変動に関心がある」「脱炭素社会の実現に向けて何か取り組みたい」と答える方の割合は70%から90%と、多くの方がYESと答えていますが、これはある意味「建前」とも言えます。

実際の購買行動に関する民間の調査結果を見ると、気候変動に配慮した商品を買った方の割合は、2017年は24.0%、2022年の27.5%と、5年間ほぼ横ばい。約8割の人がやりたいと言っているけど、実際には2~3割程度の人しかやっていないんです。このギャップが、消費者の「本音」とも言えるかもしれませんが、「いまはまだそういう商品が高いから、安くなれば買う」という人もかなりいるはずなんですよね。

どの商品が環境に配慮しているかわからないという意見もあるので、まずは「それがよくわかれば買う」という人に対してのマーケティングに活路があると私は思います。

江田:特にいまは物価が上昇しているので、お財布が気になってしまうのが消費者の本音ですよね。脱炭素に貢献する商品が安くなっていくように、お金に余裕のある人たちが選んでいくことも必要ですし、安いけど実は環境に配慮している商品があれば、上手くマーケティングすることでより商品が買われていくということもありますよね。

千種:例えば、マルコメ株式会社の大豆ミート『ダイズラボ 大豆のお肉ミンチ(乾燥タイプ)』の値段は100gで400円前後なんですけど、実際の量は3倍に増えるので、割り戻して100gで100円ちょっとと考えると、お肉の値段とそんなに変わらないんですよね。しかも乾燥しているから保存もきくので、お湯があれば防災用の保存食にもなります。そういう意味でもメリットがあって、市場が拡大しているんです。

江田:私もお肉は食べる人なんですけど、ガパオライスを作るときなんかは大豆ミートで食べたりします。味は全然お肉と変わらないですよね。健康にもいいですし、歳を取るごとにこうしたものも食べていかないとなと思ったりもします(笑)。ただ、大豆ミートを食べる人が増えていくと、畜産業などへの影響も懸念されますよね。そのあたりについてはいかがですか?

千種:私の関わる人のなかには畜産で暮らしている方もいらっしゃるので、その方々も含めて気候変動対策ができるように、活動を通して畜産業の方々の牛肉や牛乳が売れる流れにしていきたいと考えています。

例えば、出光興産株式会社の完全子会社である株式会社エス・ディー・エス バイオテックが開発した『ルミナップ』という機能性飼料は、「牛のゲップから出るメタンガスを約3割削減できる」という実験結果が出ています。実は、すでにルミナップを食べた牛のお肉は市場に出回っているにもかかわらず、「これがメタンガス削減牛である」というふうには売られておらず、消費者がそれを選んで買うことは難しい状況です。

ルミナップは元々、食べさせた牛の健康状態をサポートする機能性飼料で、牛の生産性向上のために給与されているのですが、畜産農家さんが脱炭素という観点で採用されているということがまだ少ないので、そういった打ち出し方をしていない部分もあります。「メタンガスを削減した牛」に市場価値がつく、つまり消費者が選んで買うようになれば、日本の畜産業界の脱炭素はもっと加速していくと思います。

外国産よりは国産の牛肉のほうが輸送時に排出されるCO₂が少ないという理由もあり、国産の農家さんに大切に育てられた牛を贅沢に食べるというのは、私が選んでいることの一つです。


■「脱炭素のメガネをかけて見る」「反対意見にも耳を傾ける」を大切に

江田:これから企業がやっていくことはたくさんあると思うし、ビジネスチャンスにしていくこともできると思うんですけど、千種さんが企業の方々に対してアドバイスしたいことはありますか?

千種:脱炭素に関して初心者の方へのアドバイスとしては、まずはいろんなものを「脱炭素のメガネをかけて見てみましょう」ということです。どんな行動にも温室効果ガスの排出は伴うので、そのメガネを通してみるだけで、世の中の見え方はすごく変わります。「どちらのほうが温室効果ガスの排出量が少ないのだろう」と考えるだけで面白いです。ジョージーナ ウィルソン=パウエルという人が書いた『これってホントにエコなの?』(東京書籍)という本は、そうした視点で考えるためのヒントになる、おすすめの一冊です。

中級者の方に伝えたいことは、反対意見があってもめげずにさまざまな意見を吸収し、粘り強くコミュニケーションをしていってほしいということです。実際、いろんなところで脱炭素の講演をしていると、「そもそも太陽光発電って、デメリットがあるんでしょう?」というように話がそれることがあります。そもそも脱炭素の必要性を理解していない方に対して、その事業や製品の必要性を訴求するには、本当に幅広いディスカッション力が求められるので、難しいなと感じています。

企業の経営者の方が、「利益が出そうだから、脱炭素ビジネスをやってみよう」と思っても、社員の方々をサポートするのは難しいと思います。営業の人たちも不安かもしれません。実際、太陽光発電を屋根に乗せることは、脱炭素のメリットが最大にある個人の行動なんですけど、太陽光発電を屋根に乗せることを建築会社さんがいいと思っていないということが結構あるんです。脱炭素をいいものだと思っていないというところからスタートするので、そういう方と直接お話をするときには私自身も骨が折れます。

この本を読んで勉強して頑張ろうと思っている方のなかには、もしかすると「大変だな……」と思っている方もいるかもしれませんが、私でさえ苦労していることなので、そんなに落ち込まないでください。同じように苦労しながら行動している人たちがいます。世の中的に脱炭素ビジネスへのトレンドや流れは来ているはずなので、一緒に頑張っていろいろ幅広く勉強しましょう!

江田:千種さんがおっしゃったように、講演のときなどに「いままでの私の話、聞いてたのかな?」と思うような質問が飛んでくることもありますね(笑)。

千種:そうですよね(笑)。だいぶいろいろな意見を聞いてきたので、どんな質問が来ても大体大丈夫だと思っていますが、そうなるまでには3年くらいかかりましたね。反対意見を聞かないようにしたほうが気持ちはいいんですけど、聞いておいたほうが何かあったときの助けにもなるし、自分の考えの幅も広がるので、みなさんもぜひ多くの意見を吸収していってもらいたいです。

江田:畜産業者さんの場合もそうですが、建築業者さんの場合も、「太陽光発電を乗せると雨漏りのリスクが増える」とか、これまでの経験や仕事へのこだわりがあるからこそ、新しいものを毛嫌いしてしまうということもあると思うので、反対意見も吸収しながら、粘り強く対話をすることが大事ですよね。

千種:そうですね。人間としての生存本能というか、未知のものに対して拒否反応が出るのは仕方がないことです。でもそこは「トレンドが来ているんだよ」と粘り強くお伝えするべきだなと思います。


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